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7  臨床試験


申請作業の内、臨床成績の収集については最初は大半がY、Fの二人の独占作業に近かった。当時のCT別館2階で二人がヒソヒソと臨床試験のデータを解析したりしていた。私は申請作業の途中経過をしばしば報告に行ったため、彼らがやっているところを垣間見ることになり、途中から参加させられたがその頃には大半のデータは彼らにより集められていた。

効果判定はその頃外国で導入されつつあった生存率のコントロールスタディをしなければというがんセンターのDrの意見などが出始めたため(そのためにはこれからまた5年以上の臨床試験が追加で必要になることから)単独での効果判定により申請することが基本戦略となっていた。

私が最初に臨床成績について担当したのは国立がんセンターの泌尿器科である。泌尿器科の臨床データがどうなっているかをMと一緒に行って調査して来いとの命を受けてDr.Mを訪ねた。始めてのことなのでどうすればよいか分からず、Yにどうすればよいか聞いたが指導することなくただ行ってデータがどうなっているか確認せよとのことだった。DrMは無口であり、同僚のMもほぼ初めてDrを訪問するらしく結局何の情報も得られず帰ってきた。その後国立がんセンター耳鼻咽喉科T部長以下、国立医療センター放射線科DrMらを担当したが、Yは私が臨床データの収集にはあまり向いていないと思ったのかそれとも他の作業を急がせたいのか、理化学や文献公表、概要作成等を担当するように命じた。

CTに赴任した当時の昭和48年11月の臨床例数の数は総計511例との内部資料が残っている。それによれば胃癌146例、肺癌82例、子宮頸癌55例、直腸癌39例、乳癌36例、食道癌32例、急性白血病18例、肝癌17例、細網肉腫16例、卵巣癌11例が10例以上の癌種である。(単独か併用化の区別は不明)

単独効果の臨床試験は結局YとFが行い、全ての報告書をドクターの手書きで収集し、申請のデータとした。通知によれば臨床試験の一部は公表文献であることとあり、唯一名古屋大学2外科のデータが公表されていが、その他は学会発表など大半が抄録などであり、単なる参考資料であった。

後日再評価や丸山ワクチンなどで臨床試験の単独での成績が否定されたり、データに疑いを持たれたので、申請時の臨床試験の判定について述べておく。 

7-1 ガンの効果判定基準

 申請時の癌の効果判定は癌治療学会効果判定基準、カルノフスキー判定基準、東京癌化学療法研究会判定基準や腫瘍によっては種々の判定基準が使用されており、(慢性骨髄性白血病の寛解効果判定基準「木村(禧)」など)、それに従って各ドクターが有効か無効かを判定しており、その判定を第三者が検証するシステムが存在しなかった。

7-1-1  癌治療学会癌化学療法効果判定委員会基準(日癌治、22)p-791967より)


判 定 項 目

腫 瘍

A

自覚症状

B

他覚症状

C

検査成績

D

原発巣

A1

転移巣

肺、肝、腹膜(腹水)、リンパ節、その他

A2

1.    食欲

2.    主症状

1.    体重

2.    可動性

1.    血沈

2.    貧血(HbあるいはRBC

3.    A/G

4.    血清鉄

5.    LDH

各項目についての判定

A1 軽快・・-26%~-100% 不変・・-25%~+25% 悪化・・+26%以上

A2 軽快・・縮小ないし消失  不変・・不変  悪化・・悪化

B 軽快・・2項目とも軽快 不変・・一方のみ軽快、他は不変、あるいはいずれも不変 悪化・・いずれか1つ、あるいは2項目とも悪化

C  軽快・・2項目とも軽快  不変・・一方のみ軽快、他は不変、あるいはいずれも不変 悪化・・いずれか1つ、あるいは2項目とも悪化

D 軽快・・5項目のうち、3項目以上正常化  不変・・軽快、悪化が2項目以内のもの 悪化・・5項目のうち、3項目以上悪化

効果判定

軽快:1)A1A2共に軽快あるいはいずれか一つが軽快、他は不変(BCDの如何にかかわらず軽快)

   2)A1A2共に不変で、BCDすべてが軽快

不変:A1A2共に不変で、BCDの内、1つでも軽快しないものがある場合

悪化:1)A1A2のうちいずれか1つ、あるいは2つとも悪化

   2)A1A2不変でBCDすべて悪化

注:入院後2ヶ月以内に死亡した症例は効果判定から除く。

 

7-1-2 Karnofskyの判定基準

0-0

腫瘍の縮小と自覚症状の改善を全く認めず

0-AM

腫瘍の縮小を認めないが、自覚症状は改善される

0-BM

腫瘍の縮小は認めるが、自覚症状は改善されない

0-C

腫瘍の縮小と自覚症状の改善が認められる。しかし1ヶ月以内しかそれが続かない

Ⅰ-AM

腫瘍の明らかな縮小(計測できる腫瘍では直径の縮小2549%)と自覚症状の改善が認められる。1ヶ月以上それが続く

Ⅰ-BM

腫瘍の著名な縮小(腫瘍径の縮小50%以上)が1ヶ月以上続き、自覚症状は少なくなり、たいした支障なしに日常生活ができる

Ⅰ-C

1年ないしそれ以上にわたり腫瘍が90%以上縮小し、治療前の自覚症状が全てなくなる(完全寛解)

MMonthの略で治療効果の持続月数を示す

 その他各施設毎の判定基準や白血病、多発性骨髄腫、悪性リンパ腫など多数の判定基準が存在した。PSKでは効果の判定をきめるにあたり「腫瘍の縮小、腫瘍陰影の縮小、胸腹水の減少、消失などの他覚的かつ客観的判定を重視して著効:腫瘍が消失または著しく縮小したもの。有効:腫瘍が25%以上縮小したもの。」を有効とし、それ以外は無効と判定された。

参考までに薬史学雑誌49(2)196(2014)日本における抗癌剤開発とガイドラインの歴史」前田らによると

「1980年代までの抗癌剤開発においては臨床試験のエンドポイントとして生存率を用いるものから全般改善度等の臨床症状を含むエンドポイントを用いるものまで雑多で有り、製造(輸入)販売承認申請に際しての臨床評価に関する指針が必要になってきていた。そこで1991年2月に厚生省薬務局発で抗悪性腫瘍剤の臨床評価に関するガイドラインが発出された。

とあり、1991年以前の申請であるPSKの臨床効果判定は問題が無かったことが明らかである。 

 

7-2 臨床例数と留意点

臨床試験の例数については「5ヶ所以上、150例以上。1主要効能当り2ヶ所以上。1ヶ所、20例以上」という原則が示されていたが、当時の製造指針には「抗悪性腫瘍剤の臨床例数」が下記のようにあげられていた。(1977年版医薬品製造指針。日本公定書協会編。薬業時報社p85) 

(2)悪性腫瘍治療剤の取扱い

新医薬品に該当する悪性腫瘍治療剤の製造(輸入)承認申請に際しての必要な添付資料については、他の新医薬品の場合と同様であるが、悪性腫瘍治療剤の特殊性から、提出資料の作製に際し次の点に留意すること。

1)基礎実験(省略)

2)臨床試験

(ア)  臨床試験の例数

 原則として十分な施設がある医療機関5ヶ所以上において、経験ある医師により治療され、正確に評価された150例以上の例数を必要とする。

なお、腫瘍別に効能として記載するためには、原則として2ヶ所以上の施設において次の臨床数を満足することが必要である。

臨床試験の例数

腫瘍名

臨床例数

 

 

昭和52

参考(昭和57年)

 

脳腫瘍

30

30

 

頭頚部腫瘍

30

50

上顎癌20
口腔癌(舌、口唇、頬粘膜、口腔底、硬口蓋、下顎を含む)20

唾液腺癌 20

咽頭癌20

喉頭癌20

 

耳下腺癌

10

 

上顎癌

10

 

下顎癌

10

 

舌癌

10

 

口唇癌、頬部癌

10

 

咽頭癌

10

 

喉頭癌

10

 

甲状腺癌

20

20

 

消化器癌

150

 

食道癌

20

30

 

胃癌

100

100

 

膵臓癌

20

30

 

胆のう癌、胆管癌

10

20

 

肝臓癌

20

30

 

結腸・直腸癌

30

40

肺癌

30

50

乳癌

30 

50

腎癌

10

30

膀胱癌

20

30

子宮癌

30

30

卵巣癌

20

30

前立腺癌

10

30

皮膚癌

20

30

悪性リンパ腫

30

30

急性白血病

30

30

慢性白血病

20

20

悪性絨毛上皮腫

20

絨毛性疾患 20

肉腫(骨肉腫、軟骨腫、軟部腫瘍など)

20

悪性骨肉腫 20

悪性軟部腫瘍 20

睾丸腫瘍(ゼミノームを含む)

10

30

胎児性腫瘍(ウイルムス腫瘍、神経芽腫、網膜膠腫など)

10

30

多発性骨髄腫

20

 (イ)  臨床試験に際しての留意点

    被検患者の病歴、治療前の状態が詳しく調べられていること。

    使用前、中、後において被検患者の自覚的・他覚的症状の推移が明らかにされていること。自覚的とは食欲、悪心、嘔吐、腹部膨満感、咳そう、喀痰、血痰、胸痛等。他覚的とは腫瘤、腹水、胸水、体重、出血、血液所見、肝機能、腎機能等の臨床検査成績をいう。

    疾患の判定をするに必要な臨床病理検査(権威ある病理組織学者による病巣の組織学的所見を含む)の成績が調べられていること。

    副作用の有無、種類、頻度、程度について詳しく観察されていること。現在の悪性腫瘍治療剤は何らかの点で多くの副作用を有することが認められており、またこの種の疾病においては長期間使用される性質を有する関係から副作用については十分に観察されるべきものである。この際のまとめ方としては症状として現れた副作用(例えば食欲不振、各種消化器症状、頭痛、眩暈、全身倦怠、発熱、出血傾向等)及び検査成績に見られた副作用(例えば血液所見、肝機能、腎機能等)に分けて整理すること。

    適当数以上の患者についてその遠隔成績が調べられていること。効果の質が問題となるので、一概に例数だけを規定することはできないが、一応参考まで二この点について従来の中央薬事審議会における審議を経て認められた新医薬品としての悪性腫瘍治療剤については、約30例以上で10ヶ月以上の長期観察がなされている

その他臨床試験に関して一般的な、例えば鎮痛剤の場合について中枢性の鎮痛作用が基礎実験で認められたと仮定すると、一般臨床において必ずしも規定例数以上の臨床が行われていない疾患でも、中枢性の鎮痛作用で効果が期待できる疾患であれば、ある程度まで認められることがある。この悪性腫瘍治療剤に関してはこの一般論が適応できないので、必ず胃癌、子宮癌、肺癌、乳癌、皮膚癌、肉腫等その個々の疾患に対して広く臨床試験を行うよう心掛けるべきである。これを言い換えれば臨床試験が全くないような疾患については(勿論臨床試験が行われていてもその効果が全く認められないものも同様である)、申請に際して申請書の効能欄から削除しておくべきである。このことは他の医薬品についてもある程度いい得ることであるが、特に新しい医薬品であればなおさらのこと自信のある効能のみに止めるべきである。なお、「新医薬品の範囲と審査の取扱い」の項で説明したように、悪性腫瘍治療剤についてはすべて常任部会まで審議が行われる。


   ちなみにPSK申請時の例数は下記の通りである。

16医療機関、19施設(科)から合計503症例が登録され、単独投与293例、併用投与210例である。国立ガンセンター、癌研、九大、名大、阪大、広大等を中心とし、胃、食道、肺、乳、結腸・直腸が症例数と有効率で申請に足るものとして集められ、それらを効能効果の対象癌腫として申請することになった。

                                      癌と化学療法4巻2号p-227より

単独投与は消化器がん181例(食道がん6/23、胃がん21/107、結腸・直腸がん6/30、その他1/21)乳がん10/31、肺がん9/46、頭頸部腫瘍2/7、悪性リンパ腫3/5、その他の腫瘍4/23であり、ガイドラインの症例数と有効率から申請した効能効果は

消化器がん(胃がん、食道がん、結腸・直腸がん)、乳がん、肺がん

であり、日本の固形癌患者の7割?は対象となるに思われた。

 臨床試験の論文は公表されることが望ましいとされていたが、各ドクターは症例の検討だけの論文では学術誌には採用されないと公表することは無かった。その代わりとして国立がんセンターから都立駒込病院の外科に転籍された伊藤一二先生にお願いして資料をまとめて頂き「癌と化学療法」に一覧表として公表した(癌と化学療法4巻2号p-227)。

効果判定については後日PSKの再評価で効能が削減されて新聞などで「単独効果なし」と騒がれたが、1991年2月以前の申請であるPSKは当時の単独効果での臨床評価をクリアしていたことを明確にしておく。再評価時の臨床効果判定については再評価の項で述べる。

7-3 余談 

*      単独症例のとれた施設の内、有効例の無いのはT病院の内科のみであり、これはCT事務長のKが「あそこは呉羽が健診をお願いしていて懇意なので俺に任せろ」とのことでどうしても自分がやるということを聞かず、結局単独有効例がとれなかった唯一の施設となってしまった。後日担当ドクターのK(抗悪性腫瘍剤調査会メンバーの一人)は他施設から有効例がたくさん出ているのを見て、それを知っていれば俺の所も有ったのにと言っていたそうである。当時の調査会の雰囲気のわかる話でもある。

*      がんセンターには多量の治験薬が出されていたが、いわゆる単独使用で効果を判定出来る症例をいかにして集めるかが最大の難点であった。外科や内科からは単独使用の報文を入手したが、放射線科、泌尿器科、耳鼻咽喉科、婦人科などからは、併用成績かまたは成績を貰えないなど症例集めには大いに苦労した。

* 臨床試験ガイドラインであるGCP(Good Clinical Practice)施行以前の治験だったため、PSKの出荷量と回収されたデータの量は一致しない。回収されたとしても大半が併用療法と思われたので申請の評価対象には該当せず、結果的には単独例を持つ施設が臨床評価の対象となった。

*当時の状況を知る上で貴重な記述がある。

国立病院医療センター放射線科におられた御厨修一先生が出された「がんは治る」梧桐書院1989.4改定第6版発行(初版1987.9)である。
「免疫療法で用いられる薬」の項で、クレスチンやピシバニールを紹介し、「私は放射線治療に際して、その照射方法を従来の方法とは違った方法(少分割大線量照射法)で照射することによって、特異的な活動免疫ができるのではないかという研究を行っています。同時に免疫賦活剤のPSK(クレスチン)、OK-432(ピシバニール)については、人に用いる以上、私自身、実験で確かめる必要があると思い、数年にわたって実験を行い、たしかに効果があるという感触を得ておりますし、あるいは放射線治療とこの免疫賦活剤を併用すれば、更に効果が上がることについても臨床の実験でそのような良い結果を得ています。p-48」と延べその著作の中に俳優の故梅宮辰夫氏の「肺癌を治してくれた先生」の記載があるので転記すると
「私はかって肺癌にかかりましたが、御厨先生に放射線治療とお薬(抗癌剤と免疫賦活剤)の併用療法を受け、完全に治すことができました。もう12年も前の話になります。医者である父には半年か1年の命と告げられていたようで、その時はさすがに気の強い父も涙を落としたと言うことです。心配をかけたことが悔やまれますが、その父はもう亡くなりました。私の病気が治って、こうしてずっと元気でいられるのが、せめてもの親孝行と思っております。「このお薬は、最近できた免疫力をたかめる薬ですが、こういった薬はできたときが一番効くのです。」とおっしゃられて、黒いどろどろした薬を飲ませてくれました。何かおっかないところもあるような御厨先生(本当は優しい先生でしたが)のお言葉です。否も応もなく飲まされてしまいましたが、それと同時にやはり免疫力を高める皮内注射を2年余り続けました。できたてが一番効くなどと、まるでできたてのパンと同じようにおっしゃいましたが、いやな薬をそういって飲ませようという、先生の親心だったのかもしれません。いずれにしても、放射線治療といろいろなお薬で、それも御厨先生のやり方で治ったのだと思って感謝しています。p-14」

 


 

ここに出てくる「黒いどろどろした薬」がPSKで、当時PSKの凍結品を解凍して飲ませている様子が良く分かる。まして「こういった薬はできたときが一番効く」と言う言葉は後から考えると正鵠を得ており?、申請作業中にPSKはアルカリ熱水抽出に変更したのでその後の臨床効果が変わったのかも知れない。



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