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クレスチンkrestin

クレスチンとその周辺


1:初めに


クレスチン(krestin)は呉羽化学工業株式会社(現株式会社クレハ 以下クレハまたは呉羽という)が開発し、三共株式会社(現第一三共株式会社 以下三共という)が販売した抗悪性腫瘍剤であった。
昭和52年(1977年)にクレハが承認を取得し、翌年5月薬価収載され三共から発売されたが、瞬く間に売り上げが伸び、医療用医薬品単体の販売高として第1位を獲得するようになった。
だが、その栄光も10年ほどで後発品の出現と再評価を受けて瞬く間に終わりを告げた。その栄枯盛衰を如実に表すのが国際医薬品情報(1997/2/24号)に載った図である。

図1-1 制癌剤の販売高の推移


薬価基準での売り上げ高の年度別推移とその時期のトピックスをまとめると下記のとおりである。

表1-1 クレスチンの売上と薬価の変遷

年度

売上(億円)

薬価(g)

備考

昭和52年

113

1166.20

5/2発売

昭和53年

321

1141.90

 

昭和54年

431

 

昭和55年

519

 

昭和56年

450

1084.80

丸山ワクチン承認問題

昭和57年

485

 

昭和58年

510

 

昭和59年

515

1030.60

 

昭和60年

515

991.40


昭和61年

530

 

昭和62年

515

再評価指定

昭和63年

490

960.70

ゾロ品上市

平成元年

350

983.80

再評価結果通知12月

平成2年

135

886.40

 

平成3年

125

 

平成4年

110

 

平成5年

95

 

平成6年

91

869.30

 

平成7年

82

 

平成8年

69

824.70

 

平成9年

60

791.00

 

平成10年

52

 

  国際医薬品情報、1994.3.14等より   別冊ファインケミカル臨時増刊「制がん剤の最新事情」1981.11.16より  平成183月期46億円、平成193月期37億円(製薬企業資料より三共の販売高)

クレスチンについては丸山ワクチン絡みで承認時経過が不明朗と問題視されたり、再評価で効果なしと報道されるなどマスコミからもたたかれた。

再評価後は年々売上は減少し、ついに平成30年(2018年)3月には販売を終了し、クレスチンは過去のものとなった。

平成12年に呉羽を退職し、介護を18年間行うとともに、薬剤師の資格を生かして仕事も続けたが、介護も終了し、80歳で仕事も引退した時にコロナ感染症の影響で外出もままならず時間がたっぷりとれるようになった。
また、加齢が進むとともに認知症の疑いを拭い切れないという診断も受けているので、認知症進行阻止にも役立つかと思い、ブログを書くことにした。

クレスチンの開発研究に途中から参加し、その後承認申請作業、承認後の販売に携わり、一時開発研究に戻ったものの再評価対策や後発品対策などその後もクレスチンと関わった。
このように医薬品(クレスチン)の開発から販売に至るまで長らく携わった経験は大手の医薬品メーカーではたぶん経験出来なかったであろうと思い、「クレスチンとその周辺」と題し、過去録を綴っていくことにした。

記憶違いや間違いも多々あるかと思うがご勘弁願いたい。また、ご指摘を頂ければ訂正したい。

なお、公表されたもの以外については個人名は頭文字で表記し、敬称は大半省略させて頂くこととした。
また、クレスチンは英名Krestinであるが、略称PSKと称したので記載はPSKを用いることもある。

 


  32 ゾロ品 クレスチン製造は基本特許(昭和43年10月3日 制癌剤の製造方法 特許登録番号968425 昭和51年公告)により昭和63年10月3日までの20年間は特許法によって守られていた。 特許が失効すると医薬品メーカーはある条件下で同一類似品(後発品)を承認申請出来る。...